食品安全文化に関する文献紹介

NPO 法人食品保健科学情報交流協議会 運営委員 立石亘

 以前に紹介したように、2020年に改訂されたコーデックスの「食品衛生の一般原則」(General Principles of food hygiene, CXC 1-1969)では、新たに「食品安全文化」(food safety culture)という概念が採用された。それ自体は新しい概念というわけではなく、国際的な食品安全の分野では、すでにGFSI(世界食品安全イニシアチブ)などでも以前から提唱・定着している考え方である。

 コーデックスの「食品衛生の一般原則」では、以下のような記述がある。経営者層が理解しなければならない考え方であることは明らかである。

Management Commitment to Food Safety Fundamental to the successful functioning of any food hygiene system is the establishment and maintenance of a positive food safety culture acknowledging the importance of human behavior in providing safe and suitable food. The following elements are important in cultivating a positive food safety culture: ・commitment of the management and all personnel to the production and handling of safe food; ・leadership to set the right direction and to engage all personnel in food safety practices; ・awareness of the importance of food hygiene by all personnel in the food business; ・open and clear communication among all personnel in the food business, including communication of deviations and expectations; and ・the availability of sufficient resources to ensure the effective functioning of the food hygiene system.   [仮訳] 食品安全に対する経営層のコミットメント  食品衛生システムがうまく機能するための基本は、安全で適切な食品の提供における人間の行動の重要性を認める前向きな食品安全文化の確立と維持管理です。以下の要素は、前向きな食品安全文化を育む上で重要です。 ・安全な食品の製造と取り扱いに対する経営層とすべての要員のコミットメント ・正しい方向性を設定し、すべての要員を食品安全規範に関与させるリーダーシップ ・フードビジネスに関連するすべての要員による食品衛生に関する重要性の認識 ・逸脱や期待の伝達を含む、フードビジネスにおけるすべての要員間のオープンで明確なコミュニケーション。および、 ・食品衛生システムの効果的な機能を保証するための十分なリソースが利用可能であること

 ただし、現時点では、世界共通の定義の無い用語のように見受けられる。どのような指標や取り組みがあれば「食品安全文化が醸成できている」と言えるのかは、現時点では不透明である。しかし、経営的な、組織的な概念であると思われることから、「経営者の声明を掲示すればよい」「チェックリストで確認できる」といった簡単な問題ではないように思われる。HACCPや一般衛生管理、食品安全マネジメントシステム(FSMS)だけにとどまらず、食品偽装や食品防御などにも影響を及ぼす、かなり広範にわたる概念であることから、有識者、関係者の間で理解の共有を図る必要があるとは思われるが、今のところ、具体的な動きはない(ように思われる)。また、コーデックス文書に採用されていながら、具体的な解説や議論がされていないのは、個人的には甚だ疑問に感じているところでもある。

 そこで、食品安全文化に関して、いくつかの文献に当たってみた中で、個人的に比較的内容が受け入れやすいと思われた物を2つ紹介する。文献1は「文化革命」(cultural revolution)、文献2は「食品安全=文化科学+社会科学+食品科学」(Food Safety = Culture Science + Social Science + Food Science)という表題で、著者はいずれもセントラル・ランカシャー大学スポーツ福祉学部のキャロル・A・ウォレス教授(Carol Wallace, Ph.D)である。

 なお、以下の全文翻訳ではなく、一部は割愛・意訳が含まれていること、食品安全文化に関する最先端の情報ではないことなどは、ご容赦いただきたい(あくまでも著者の自習用の資料であることをご承知いただければ幸いである)。興味のある方は、原文のURLを参照していただきたい。

 また、食品安全文化に関する分かりやすい解説は、FOOCOM.NETの森田満樹氏の論文などを参考にしていただきたい。[URL]https://foocom.net/secretariat/foodlabeling/19133/

文献1:文化革命(cultural revolution) 初出:2019年12月、著者:Carol Wallace
[URL]https://doi.org/10.1002/fsat.3301_5.x

 本文献では、食品安全文化という新しい概念の背後にある原則について説明するとともに、食品安全に関連するパフォーマンスへの影響を強化するイニシアチブについてレビューしている。

(1) 食品安全文化(food safety culture)の出現

 食品安全文化は、食品業界ではまだ比較的新しい概念だが、食品安全のマネジメントシステム、手順および規範の成功への影響が明らかになるにつれて、注目が高まっている。食品安全に関連するパフォーマンスにおけるculture(文化)の重要な役割について理解することは、その後の数十年にわたる食品安全の進化へとつながる。業界は、分析手法による検査結果に基づくマネジメントシステムから始めて、衛生規範およびと予防的なHACCPベースのFSMS(食品安全マネジメントシステム)の適用を通じて進歩してきた。これは、人的要因と組織文化の役割の現在の認識につながっている。しかし、それでも食品安全文化は、理解するのが難しい「ファジーなコンセプト」のように見える可能性がある。

 HACCPの価値は1980年代から認識され始め、1990年代から2000年代にかけて採用事例が増加してきた。その間、コーデックスはHACCP原則に関する国際協定を発表するなど、HACCPと連携して機能する前提条件プログラム(あるいは適正衛生規範)の役割の重要性への認識も進んできた。現代のHACCPベースの食品安全マネジメントシステムは、初期の頃から長い道のりを歩んできたが、食品安全が依然として公衆衛生上の重要課題であることに変わりはない。

 理論的には、効果的なHACCPベースの食品安全マネジメントプログラムは、世界の食品サプライチェーンの中のすべての段階を通じて、食品の安全性を維持することを保証するはずである。しかし、大企業であっても、食品汚染の発生や事件は引き続き発生している。例えば、2015年のEU(26加盟国)では食中毒件数は4,362件、患者数45,874人、入院者数3,892人、死亡者数17人と報告されている。これは、HACCPシステムが実際に常に効果的に機能しているとは限らないこと、第三者機関による監査結果から得られた見解や、HACCPベースのFSMSだけでは不十分であることを示していると考えられる。長い間、「フードビジネスに従事する要員が、食品安全の成功の鍵である」と理解されてきた。しかし、「文化」の役割が最前線に立ったのは、最近の研究を踏まえた知見である()。

 食品安全文化は、組織文化、心理学、ヒューマンファクター研究、安全科学・安全文化、社会認知科学、国民文化など、他分野の研究に基づいている。これらは、HACCPと同様、個々に十分な発達を遂げている分野である。つまり、食品安全文化では、食品安全の専門家が、社会科学者や心理学者、行動専門家など各分野の専門家がと協力して取り組んだ上で、さまざまな観点からの学際的なインプットが必要である。

図 食品安全マネジメントシステムの複雑さに関する理解の進化

(2) 食品安全文化を理解する

 食品安全文化は、一般に、組織文化、食品科学、社会認知科学など、さまざまな理論的視点が相互に関連している。組織文化は、従事者が直面している状況、および組織が直面している状況に対して、どのように考え、感じ、行動するかに影響を与える共通の価値観、信念、規範に関係している。

 食品科学は、特定の製品とプロセスに関連する食品安全リスクの定義および定量化を可能にする。社会認知科学は、人間の行動を定義、測定および予測することを可能にする。したがって、食品科学と社会認知科学の協働は、両分野のすべての視点が食品安全文化の特徴を明らかにする上で重要である。食品安全文化は、例えば「組織内、組織内を横断して、および組織全体を通して、食品安全に対する考え方と行動に影響を与える共通の価値観、信念、規範」といったように、実際には、表面下に隠された要素も含めた多層から成る概念である。それゆえに、従来の食品安全指標を用いた簡単なモニタリングができず、測定は困難なものになる。

 食品安全文化を効果的に測定するには、それを分解し、それを構成する要素をより明確に理解できることが重要である。これについては2017年にJespersenらが組織および食品安全文化評価システムの8項目についてレビューし、さまざまなシステム間の共通点や相違点を探し、その結果として「食品安全文化のフレームワークを構成する5つの側面」を提案している(図2)。以下に概観を述べる。以下の5つの側面は、すべての食品安全文化を測定するためのシステムにおいて認められており、すでに業界の利害関係者によって受け入れられている。

食品安全文化の5つの側面

・価値(values)と使命(mission)  食品安全に対する経営陣と従業員の取り組み、食品安全の目的を含むリーダーシップが、組織の方向性をどのように設定するか、リーダーが食品安全に関してスタッフを動機付ける方法などを含む。食品安全の取り組むに対して認識する価値や優先順位は、この次元の下にある。   ・人的システム(people systems)  食品の安全性およびリスク、新入社員の統合と能力レベルに関する期待、チームの有効性、タスクまたは行動に対する期待、食品の安全性に関するリーダーおよび従業員間のコミュニケーション、およびチームメンバーの実際の(および予想される)知識、資格、トレーニング、主体性などの側面が含まれる。   ・適応性(adaptability)  組織が変化を受け入れるか抵抗するか、および食品安全の問題解決にどのように取り組んでいるかを見る。   ・一貫性(consistency)  システム要件の順守と実施の程度と、要件のバイパスの許容が含まれる。優れた一貫性の達成をサポートする要素としては、適切な手順と指示の実施、適切なツールおよび技術へのアクセスが含まれる。それにより、インフラストラクチャーに対する行動と投資が可能になる。   ・リスクの認識(risk awareness)  リスクを知っているか、コントロールできているか、および従事者が実際の(および潜在的な)食品安全リスクに注意を払っているかどうかを調べる。
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図2 食品安全文化を構成する枠組み

(3) 食品安全文化に関する最近のイニシアチブ

 過去5~10年間にわたり、食品安全文化とそれが食品安全のパフォーマンスにどのような影響を及ぼすかを理解するために、多くの研究が実施されてきた。まだ議論すべき点は多々あるが、いずれの研究も「より成熟した食品安全文化を持つ企業が、より良い食品安全のパフォーマンスを示す」「食品安全文化の成熟と強化が収益性に影響を与える」と示唆している。学術グループおよび実務家グループのネットワーク化によって研究は進んでいる。現在の主要なイニシアチブの一例を紹介する。学識経験者や利害関係者グループ、食品安全関連の規格のオーナーによる、以下のような取り組みは、食品安全文化の科学に基づく理解を充実させ、食品安全文化の重要性を公表し、ベストプラクティスの共有へとつながっていく。食品安全文化に関する知識の向上とベストプラクティスの共有は、食品事業者が食品安全文化の理解、視覚化、改善・向上に役立つと期待される。

・食品安全文化を科学的に研究しているSalusらのグループは、食品安全文化を測定および強化する実用的なソリューションの基盤の提供に情熱を注いでいる。Salusは、食品安全文化の理解を進める上でコラボレーションが重要であることを認識し、研究結果のネットワーキングと共有を促進しており、食品安全文化や関連分野の研究者に、アクティブに門戸を開いている。

・GFSI(世界食品安全イニシアチブ)のテクニカル・ワーキンググループ(TWG)は、食品安全文化に関するガイダンスと要件を業界に提供するために、2016年業界主導のイニシアチブを設立した(2018年にTWGは、ポジションペーパーを発表した。ポジションペーパーでは、食品安全文化を推進するためにVision and Mission、People、Consistency、AdaptabilityおよびHazards and Risk Awarenessが重要であると述べている。

・BRC(British Retail Consortium、英国小売コンソーシアム)は、2018年に発行したBRC食品安全グローバルスタンダードの第8版に食品安全文化に関する条項を追加した。これは、食品安全文化が盛り込まれた最初のGFSI承認プログラムである。製造現場では、食品安全文化と品質文化の開発、および継続的改善に関する明確な計画を立てる必要がある。つまり、審査機関・監査機関は、食品安全文化そのものを審査・監査するのではない。企業は、食品安全文化を継続的に計画、監視およびレビューする方法を検討する。

・コーデックス委員会の第46回食品衛生部会の後、コーデックスの「食品衛生の一般原則」(CXC 1-1969)の見直しが議論された。その原案では、食品安全文化も重要な要素として含まれている(編注:2020年改訂版で食品安全文化が盛り込まれていることは、本稿の冒頭で述べたとおりである)。食品事業者は、コーデックス文書の衛生規範および食品安全原則を適用して、安全で適切な食品を提供し、適切な食品安全慣行を奨励するというコミットメントを示すことにより、強力な食品安全文化を育むことが求められている。

・国際食品保護学会(IAFP、International Association for Food Protection)は、2017年に食品安全文化に関する専門能力開発グループを設立した。その使命は、食品安全文化の科学とベストプラクティスを推進するための国際フォーラムを提供することである。このグループでは、食品安全文化を理解および測定することの優先順位、発生およびリコールにおけるその役割を評価することが必要性であると特定している。GFSIの組織的側面に関するワークショップがIAFPの2018年年次総会で開催され、ベストプラクティス、成功した戦術、進歩への障害が共有された。

(4) まとめ:食品安全マネジメントへの影響

 食品安全文化が食品安全マネジメントシステムに与える影響をより深く理解し、知識とベストプラクティスの共有を改善することは、企業が食品安全文化を視覚化して改善するのに役立っている。これは、食品安全マネジメントシステムの適用を強化し、食品安全に関するパフォーマンスを向上させることにも役立つ。

 これまでは「文化の測定」に重点が置かれてきたが、最近の研究を踏まえて、「文化の改善と強化の方法」に切り替わってきている。それにより、組織が食品安全マネジメントシステムの見直しと強化に取り組むとともに、食品安全文化を成熟させることができるようになりつつある。ただし、そのためには、個々の事業者の食品安全文化の状況に応じたオプションのツールキットが必要になる。これには、企業内で確立された斬新なアプローチが多数含まれる可能性がある。

・チームビルディングのアプローチと人材育成のテクニック

・行動理論と介入の適用

・ビジョンと戦略を明確にし、それをリーダーの実際の言動に結び付ける

・システム理論と介入の適用

・効果的な文化を可能にするために必要なリソース、構造、システム、および機器の提供

 これらを説得力のある方法で行うには、さらなる調査とベストプラクティスの共有の両方が必要である。今後も、業界と学術の利害関係者グループが協力して、食品安全文化に関する知識と実践を改善し続けることが不可欠である。

文献2:食品安全=文化科学+社会科学+食品科学

(Food Safety = Culture Science + Social Science + Food Science)

初出:2019年4月

著者:Carol Wallace

[URL]https://www.food-safety.com/articles/6626-food-safety-culture-science-social-science-food-science

 食品安全文化は、食品科学、組織文化、社会認知科学が交差したところで機能する。食品安全を含む伝統的な食品科学と社会文化科学との相互作用を理解した上で、食品安全文化について決定する必要がある。食品安全文化を、どのように測定し、改善するかの議論が進んでいるが、食品安全文化は食品業界にとって比較的新しい概念である。

 本稿では、食品安全文化の考え方がどのように発展したか、そして食品科学と文化科学、社会科学の融合が、食品安全パフォーマンスの向上にどのように役立つかを考えていく。

(1) 食品安全文化への道筋

 食品安全マネジメントシステム、特にHACCPについては、ほとんどの関係者は、米国の有人宇宙計画とピルズベリー社の仕事を通じて、その歴史はよく知っている。第一次世界大戦以来使用されてきた故障モード影響分析(FMEA)を統合することで、1960年代および70年代に、現在の食品安全システムおよび実践の基礎が築かれた。90年代には、世界保健機関(WHO)によって、HACCPが食中毒予防のための効果的かつ経済的な方法として広く共有された見解となり、一部の政府は、その実施がすべての食品安全問題の救済策であると信じるようになった。

 90年代は、HACCP計画の策定、およびHACCPのトレーニングに焦点が当てられ、その後、前提条件プログラムの重要性も理解されるようになった。しかしながら、依然として食中毒発生は続き、HACCPシステムの監査に携わる関係者は、HACCP計画の設計とその実施の両方に問題があることに気づき始めた。

 HACCPは、食品安全マネジメントへの論理的なアプローチであり、それは現在も変わらない。HACCPでは、食品安全ハザードを特定し、適切な管理手段を設計および実施する。一方で、理論的には優れているが、実際にはうまく機能していない側面も見られており、システムが効果的に機能していることを確認するための措置を講じる必要があった。欠けていたのは、社会科学の側面と、科学的観点から、人々の役割に関する重要性を理解することであった。

 人的システムのいくつかの側面(知識の教育や訓練など)は、長い間、食品安全マネジメントシステム(FSMS)、特にHACCPと関連付けられてきていた。これらは、食品安全マネジメントを成功させるための障壁として特定された項目でもあった。また、初期のHACCPガイダンスで重要であると特定されたのは、管理者のコミットメントであった。上級管理職は食品安全マネジメントを正しい行動と認識している。HACCPに関する意識向上トレーニングは、食品企業全体でこの理解とコミットメントを共有するのを助けるために、上級管理職と一般従事者に向けて提案され、管理職によるコミットメントの実証は、一般従事者のコミットメントと行動にとって重要であるとみなされてきた。こうした、効果的なFSMSに対する人々と文化の影響に関するこれらの初期の認識は、今日の組織的および食品安全文化の考慮事項へと発展することになる。

 米国が食品安全強化法(FSMA、2011年公布)を制定し、他の多くの国が食品安全システムを更新したにもかかわらず、世界では依然として食品媒介性疾患の発生数が増加している。WHOによると、食中毒による死亡者は年間約42万人であり、そのうちの約4分の1(約12万5,000人)が5歳未満の児童である。

 議論すべきいくつかの項目としては、「HACCPベースのFSMS(HACCP-FSMS)は機能しているか?」「HACCP-FSMSのコア原則に問題があるのか?」「私たちの食品安全文化は本当に発展していないのか?」などである。現在、食品安全文化は混乱している。我々は24時間、年中無休で安全な食品を提供するために協力する必要があり、食品科学と文化の要素の成熟度と有効性を理解するための測定システムが必要である。

(2) 混乱した食品安全文化のいくつかの症状

①食品の危険性とビジネスリスク

 HACCPは食品安全上のハザードを特定、評価、管理する優れたシステムかもしれないが、食品安全文化が貧弱な場合、システムが機能しない可能性があることを認識する必要がある。また、手順が効果的に理解、順守、または実施されていない場合のビジネスリスクについても認識しなければならない。

 経済的動機による食品偽装が、最初は食品安全問題に見えない場合もある。しかし、例えばメラミン事件などにより、そうでないことが証明された。あるいは、経済的損失を防ぐために、冷凍肉の貯蔵寿命を恣意的に延長した事例なども起きている。食品安全科学の観点では、貯蔵寿命を延長しても問題なかったかもしれないが、実際に商品を受け取った顧客や消費者は異なる反応を示した。このように、潜在的な結果を理解していないことが、メーカーとその顧客の両方の甚大な損失を与えることは起こり得る。

 これらの2つの事例について考える際のルーツは「文化」である。企業の食品安全文化の基盤は、企業価値で定義されている。しかし、国や地域による慣習の違いなど、別の要因が従事者の行動に影響を与える可能性も考えられる。管理者は、食品安全上のリスクとビジネスリスクを生み出す可能性のある行動の範囲について、認識する必要がある。

②品質部門=ポリシー策定部門

 前出の2つの事例は、人命の損失とビジネスの損失の両方について考えた上で、科学と価値観を効果的に展開できなかった結果といえる。これらは極端な例だが、「自分たちの組織文化は予防を促進しているか?」「プログラムやプロジェクトは自分たちの価値観の理解を反映しているか?」を考える必要がある。製造業における目標は、「正しいことを行う」ということに基づいて、従事者の中に習慣を作ることである。これは、食品の安全性と品質だけでない。すべての生産関係者と管理職のアソシエイトまたはチームメンバーに適用される。何も考えずに正しい行動をとれるのであれば、文化は新たな成熟度に到達する。

③既存のコンプライアンスレベルでのプログラム実行と、継続的改善

 定義されたハザードに対処し、ビジネスリスクを軽減するように設計した予防策の開発は、主に食品安全部門が主導で実行するであろう。経営層が優先事項を誤った事例として、例えば、二者監査や第三者監査の準備で忙しくなり、チームメンバーが食品安全の向上だけでなく、リスク軽減のためのプロジェクトに取り組む時間がなくなった場面に遭遇したことがある。効果的または強力なリーダーシップがない場合、マネージャーは、継続的改善を行うのではなく、快適ゾーンにとどまり、要件を設定するために作業する傾向があります。

 環境モニタリングプログラムは、検証主導型である。検証結果で陽性が見つかった場合、それはプロセスの制御を失い、食品安全問題が発生する可能性があることを意味している。しかし、ゾーン1(食品接触面)、または製品で陽性検体が検出されることと、ゾーン2またはゾーン3の検証サイトで陽性が検出されることは、異なる反応を生み出すはずです。継続的な改善のためには、リスクを認識し、プロセスコントロールの重要な要素と指標を測定する必要があります。

⑤個人の関与、部門の枠を超えたチームの関与の欠如

 食品安全と品質に関する情報は、さまざまな形で組織を移動している。生成された情報は、さまざまなレポートの形で組織内を上方向に(現場から管理者へ)移動し、一部の結果は発生した問題とともに従事者と共有される。一方で、従事者は、経営層が出荷したくない製品の再検査、再調整または再加工を行う機会を、何らかの形で得る場面もある。この下方向(管理者から現場へ)のコミュニケーションチェーンだけになってしますと、従事者は自らをキノコのように「私を暗闇に置き、肥料を与えてください」と感じるようになるかもしれない。これは極端な例かもしれないが、いずれにしても、従事者にとって最も一般的な苦情は「コミュニケーションの欠如」である。

 多くの会社において、個人と会社にとって何が最重要であるかについて、リーダーと従事者の間で開かれた透明性のある議論が欠如している。しかし、この議論は、競合する優先順位やさまざまな期待についての会話にもつながる。チームとして考えれば、監査で提起されたプログラム保守に関する問題の多くは、部門の枠を超えたチームワークによって容易に、かつ迅速に対処できる。問題は、それを十分に行っていないことである。そのゆえに、組織全体の関与を促進しながら、従事者の関与と賛同を高める機会を失っている。これらの管理措置(management actions)は、アカウンタビリティ(説明責任、任務遂行責任)を定義するだけでなく、食品安全文化を強化するのに役立つ。

⑥ポジティブな結果とネガティブな結果の使用の間の不均衡

 多くの食品企業では、工場長は迅速な意思決定を行い、それを成し遂げるための意欲を生み出す能力を有すると認められている。食品安全において管理者の役割は、組織文化、価値観、規範を通じて、工場管理が安全な食品を生産するための科学を展開することである。

 ポジティブな結果もネガティブな結果も、それらの結果をうまく活用することは、食品安全文化の継続的な改善に役立つ。食品安全文化の測定システムでは、ネガティブな反応よりも、ポジティブな反応を生み出す必要がある。

⑦食品安全の技術および技術トレーニングに関する問題

 外科医が18時間しかトレーニングを受けていないとして、あなたはその外科医の施術を許可しますか。しかし、我々はFSMSを開発する際、HACCPに関するわずか18時間のトレーニングしか受けていない個人に依存している。FSMAの予防管理認定個人(PCQI)の証明書を取得するために必要なトレーニングは、18~20時間しか規定されていない。あなたは18時間で十分と思うだろうか?

 多くの企業は、社内の誰か(多くの場合、正式な食品安全教育や訓練を受けていない新入社員など)を食品安全管理に関する地位に任命する。その後、その担当者を18時間のHACCPトレーニングに送り、突然、社内では食品安全の専門家になる。一方で、大学などでは、食品科学を扱うカリキュラムに十分な食品安全科学や社会科学のコンテンツが含まれていないことが多く、適切に訓練された卒業生も不足している。これは現実的であり、かつ重大な問題である。

 効果的で堅牢で継続的に改善されたトレーニングプログラムがなければ成功には至らないが、これらは大企業でも中小企業でも共通して発生している問題である。中小には従事者を訓練する余裕がないかもしれない。大企業は食品安全の専門家を雇う余裕があるが、情報が企業内に保管され、工場全体に広められない場合もある。

(3) 科学に基づいた改善

①社会科学のツールボックスを使用して、食品安全文化を軌道に戻す

 効果的で動的なHACCPプログラムなど、食品安全マネジメントの原則を結び付けることに課題があることを認識したとして、では何ができるだろうか。我々は、食品安全パフォーマンスを改善し、食品安全文化を継続的に改善するために、これまで経験に活用してきた社会科学ツールボックスの中から、図1の4つの領域を提案している。図1の4つの領域について、以下に概説する。

図1

[領域①]会社と個人のコミットメントを通じて食品安全を推進する(図1の左上:company and personal commitment)

 科学と価値観は「なすべき正しいこと」を定義する。例えば、会社が意思決定をする時、意思決定する人たちの価値観は、食中毒で命を落とした人の顔を想像しているだろうか。教育や訓練を行う時、「なぜ?」を説明しているだろうか。意思決定の際、会社の価値観を使用(または関与)しているだろうか。私たちのプログラムの効果と潜在的な影響は、会社の価値観に対して評価されているだろうか。

 食品安全の管理者を含む経営陣は、会社と食品安全文化を予防的かつ予測的で行う方法を理解しているか、そしてビジネス戦略全体の中で重要な要素にすることができるか。食品安全目標を設定する際、これらの質問を考慮することは、食品安全文化を継続的に改善するために不可欠である。

 プログラムと手順は、会社の価値観と一致している必要がある。我々は、日常的に価値観を解釈して展開し、行動を通じて、それらが自分たちの立場であることを示さなければならない。リーダーシップは「話をする」ことによって主導される。食品安全リーダーは、価値が主導する行動とアカウンタビリティについて期待すべきである。紙の上では理にかなっている言葉であっても、食品安全に影響を与える決定、手順または活動に関して監督者や上司にアカウンタビリティを背負わせることはどれくらいの頻度であるか? 上司や部下、あるいは対等な立場の者に、食品安全行動と決定に責任を負わせる能力は、適切な食品安全文化を推進するための鍵である。

 食品安全リーダーとしての、経営層の義務は、組織内のすべてのレベルでこれらの価値観を用いて、食品安全文化を推進することである。

[領域②]従事者の関与(図1の右上:workforce engagement)

 チームに従事者を関与させることで、アカウンタビリティとレスポシビリティ(責任)を高める能力が促進される。ブレインストーミング、特性要因図(cause-and-effect diagrams)、根本原因分析(root-cause analysis)などのツールを介した関与は、予防管理の構築および理解に役立つ。このようなツールを熱心に使用することで、FMEAなどのより高度なツールや、そのオプションを利用できるようになる。チームとチームワークを効果的に活用することで、組織の知識を最前線に移動すると同時に、部門の枠を超えたコミュニケーションと変更の所有権の共有を可能にする。

 コミュニケーションツールは、従事者の関与を向上させるための主要な部分である。日々のチームミーティングなどは、食品安全への取り組みにおいて非常に重要である。人間の健康と安全とともに、食品安全に関する指標は、これらのコミュニケーション活動の最重要課題でなければならない。コミュニケーションでは、食品の安全性だけでなく、品質と生産性を向上させるためのプロジェクトに対する認識が含まれるようにすべきである。このアプローチは、より良いコミュニケーションの必要性に対応し、重要な問題についてより直接的な対話のためのチャネルを提供する。したがって、従事者の仕事に影響を及ぼしている感覚が高まり、関与が促進される。

 従事者の関与を実現するため、食品安全リーダーには以下の2つの根本的変化が必要である。

・より幅広いチームを含めることで、より多くの、より良いアイデアとソリューションがもたらされる。このことにより、人々は単なる知識保有者から、部門の枠を超えたグループ行動を導くコーチやファシリテーターへと、情報に基づいた食品安全の観点から進化する。例えば、実際に何が起こっているのかを見つけて対処するため、問題に近いチームで現場のウォークスルーを行い、真の理解を深める。

・重点を置く項目を、短期的なコストから、目標の達成を容易にすることに焦点を当てたプロセスや改善にシフトすることを保証する必要がある。食品安全の枠組みの中で、最終的には、コストと価値が向上する。人々を最優先し、チームに何が期待されているかを確実に把握し、それらの期待を達成するためのツールをチームに提供するリーダーは、コストを最優先するリーダーよりも大きな成功を収める。

 経営層が、自らをソリューション作成者として、またはチームが毎日の仕事のやり方を積極的に変革するためのコーチ、ファシリテーター、導師(conduit)として、どのように見ているかにかかっている。これにより、最終的には職場での価値の提供および関与が向上する。

 これらのシステムが企業価値を強化する時、企業の戦略的計画およびイニシアチブへの整合を実現できる。食品安全の成熟度が高い会社は、予防的な考え方を持っており、アカウンタビリティと責任はすべての人に向けられている。従事者は力を与えられていると感じ、食品安全手順を実践しなければならない理由を理解している。成熟度の高い会社の従事者が工場に入る時、彼らのコミットメントは会社の価値観と一致しており、食品安全は習慣化されている。

[領域③]食品安全を習慣化する(図1の左下:food safety habit)

 社会科学は、我々に、有益な行動を考えずに習慣に変える方法を教えてくれる。状況に対する習慣的な行動は、工場や会社の様々な作業グループ内で受け入れられる規範になる必要がある。「許容可能な規範」とは、これらの様々な作業グループのリーダーが、状況に応じてこれらの行動を受け入れ、期待することを意味している。4Eのモデル(Enable、Engage、Exemplify、Encourage)のような、社会科学の行動変化ツールは、これを支援する。

[領域④]透明性およびコミュニケーション(図1の右下:transparency and communication)

 科学的、技術的、社会的な要素は、現在と10~20年前では異なる。20年前は、現在のようなソーシャルメディアは存在しておらず、透明性も標準ではなかった。今日、我々の行動はガラス張りで、ある程度の可視性がある。文化を正しく理解することは、ビジネスを保護する方法の一つである。

 企業としてできることの一つは、コミュニケーションを深めることである。コミュニケーションをより良くするためには、コミュニケーションがどのように行われるか理解する必要がある。その理解がなければ、コミュニケーションを改善するための多くの試みは失敗する。

 図2は、最も単純な形式のコミュニケーションのモデルである。受信者は自分の理解に基づいてメッセージをデコードするが、これは選択した通信チャネル(対面か、電話か、ウェブかなど)の影響を受ける可能性がある。通信チャネルによっては、意図したメッセージの理解を妨げる「ノイズ」が加わる場合もあり得る。

 リアルタイムのフィードに適応しない企業は、大きなリスクを抱える。従事者の気持ちがわからない場合は、従事者がどう思っているかを調べる必要がある。従事者それぞれの視点や経験を尊重する必要がある。そうすることで、従事者は組織の目的に対して感情的につながっていると感じ、自分たちの貢献がビジネスの推進にどのようにつながるかを知ることになる。年に1~2回の確認だけで、このような文化を育むことはできないであろう。

図2

②食品安全を有効にするために、いかに食品科学と社会科学を融合させるか

 新しい食品安全プログラムが実施しやすいかどうかは、食品安全文化の成熟度に正比例する。実施のしやすさに影響を与える要素としては、信頼、関与、賛同、意図、信念、理解および行動が含まれる。実施する過程において「これが私にとって、私の部門にとって正しいことですか、会社のために正しいことか?」「これで私の仕事は楽になるか、それとも難しくなるか?」「達成可能か、遵守可能か?」「持続可能か?」といった疑問に対処することは、社会科学の側面に対処するのに役立つ。

 食品安全を有効にするためには、組織文化科学、社会科学、食品安全科学の実践的な知識を融合させる必要がある。我々が重要な変化を経験する際には、変化の「痛み」を短く制御するために社会科学の既知の原則を使用する責任がある。

 食品安全を含む食品科学は、消費者とブランド保護のための効果的な食品安全マネジメントを確実にするために、社会科学および文化科学と一緒に適用される必要がある。強力な食品安全文化は、ビジネスにおいて強力な意味を持つ。ビジネスプロセスを適切に分析し、システムを構築する。受動的ではなく能動的に対応し、積極的かつ継続的に進化することによって実現される。これには、社会科学ツールボックスを利用して、透明で効果的なコミュニケーションを使用して従事者を関与させ、会社の価値観と個人的なコミットメントを共有および確立することが含まれる。このようにして、食品安全を推進し、継続的に基準を改善することが可能となり、食品安全をすべての従事者の日々の習慣とすることが可能となる。

[蛇足の追記]心配性の雑誌編集者が最近、気になっていること

 本稿の著者は雑誌記者である。その立場から、最後に蛇足のコラムを書かせていただきます。  食品安全文化については、早いうちに、きちんとした定義や認識の共有がなされなければ、「性善説」「性悪説」を交えた、誤った解説がなされるのではないか、と危惧しています。というのも、テレビなどで一般的なシステムについて解説する際、ときおり「性善説」「性悪説」の誤った説明を耳にすることがあるからです(もちろん、正しい理解に基づく解説の方が多いのですが…)。  そもそも「性善説」は「ヒトの本性は善であり、ヒトを信じるべきという考え方」であり、「性悪説」は「ヒトの本性は悪であり、他人は疑ってかかるべき、という考え方」に過ぎません。性善説では「ヒトを善と信じるべき」とは言っていないし、性悪説でも「ヒトを悪と疑え」とは言っていません。しかし、なぜか「日本は性善説の国なので、ヒトの悪行を想定したシステムとは相性が悪い」「欧米は性悪説の国。マネジメントシステムでは人を疑う姿勢が必要なので、欧米では上手くいった」といった不可解・不可思議な解説を聞くことがあります(という気がします)。これは、ただ単にマネジメントシステムの本質論を見失うだけなのでは……と危惧することが、しばしばです。  「性悪説」の「悪」は、「悪事」や「悪行」ではなく、いわば「弱い存在」という意味合いかと思います(最近は「ヒトは生まれながらにして心の葛藤や誘惑によって行動する欲望的存在」といった意味合いで「性弱説」といった言葉もあります)。「性善説」でも「性悪説」でも行き着く結論に大差は無く、「教育」が大事という点に集約されるのではないでしょうか。「生まれながらの本性は変えられなくても、後天的努力、教育によって、身を正す事ができる」ということで、まさに食品安全文化に当てはまることなのでは、と考えております。すみません、蛇足でした。